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五十路日本ひとり旅

2016年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年07月

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四国遍路旅の総括12(宿泊場所・香川県)

四国遍路旅の宿泊場所の写真を掲載する。
「香川県編」 

【29日目】 徳島県三好市・雲辺寺通夜堂(無料宿泊)
雲辺寺通夜堂 
水・トイレ有
雲辺寺の住所は徳島県。しかし遍路上の分類は香川県。
香川県・讃岐の始まり「関所寺」という位置づけらしい。
通夜堂内に電気無。男女区別も無。6~8人ほどは宿泊できそう。

【30日目】 香川県三豊市・朝日山公園キャンプ場(テント泊)
朝日山公園 
水・トイレ有
金刀比羅宮に寄り道するため遍路道から離れた施設を利用した。
朝日山山頂の標高は約240m。公園の標高は約200m。
キャンプ場に行けず、朝日山公園の野外ステージにテントを張った。
朝日山公園・ステージ 

【31日目】 香川県丸亀市・アパホテル丸亀駅通
アパホテル丸亀駅通 
1泊朝食5,150円+洗濯300円。朝食バイキングは満足。

【32日目】 香川県高松市・香東川運動公園(テント泊)
香東川運動公園 
水・トイレ有
公園があまりに広くてどこにテントを張るか悩ましい。
夕方はサッカー練習多数、朝方は散歩・ジョギング利用者が数十人。
水・トイレは写真左奥の大きなマンションの脇にある。
テントを張った場所からトイレ・水までは徒歩2分。

【33日目】 香川県高松市・二ツ池親水公園(テント泊)
85番八栗寺を下山した付近にあるクア温泉屋島は安くて良い風呂。
クア温泉屋島 
入浴料400円。(とても好きな風呂だったが天然温泉ではないか?)
風呂から約4km歩くとテント泊地の二ツ池親水公園。とても小さな公園。
二ツ池公園 
トイレ有・水は浄化再生水とのことで飲用不適?
公園の奥には高松北高校があり部活練習の声が微かに聞こえる。
公園内に水質浄化水排出口があり夜間を通して結構音鳴りがする。
それ以外は車通行や人通りがほとんど無くて閑静な環境。

【34日目】 香川県東かがわ市・中尾休憩所(テント泊)
中尾休憩所 
水・トイレ無し
当初は白鳥温泉まで歩く予定。時間が遅くなり急遽ここを寝場所にした。
18:30以降翌朝まで人通りは勿論無し。

【35日目】 徳島県徳島市・徳島県庁前第一ホテル
徳島県庁前第一ホテル 
今回の遍路旅中、唯一2度宿泊した施設。
前回は1泊2食6000円。今回は日曜特価で1泊2食5200円。(洗濯無料)
更に旅行サイトクーポン300円引き。Tポイント利用1200円引きで支払額3700円。
ホテル内の「赤字食堂」 (朝食時)
徳島県庁前第一ホテル(赤字食堂) 
夕食、朝食共バイキングでコストパフォーマンスは破格!

【36日目】 和歌山県かつらぎ町・道の駅紀の川万葉の里(テント泊)
道の駅紀の川万葉の里 
水・トイレ有(道の駅)
3年前の自転車旅行でも寄っていて野宿できそうと判断した。
道の駅紀の川万葉の里(東屋) 
道の駅紀の川万葉の里の端隅にある東屋にテントを張った。

【37日目】 大阪府大阪市・ビジネスホテルみかど
ビジネスホテルみかど 
素泊2500円+洗濯100円。とても安いが特に支障無。

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四国遍路旅の総括11(宿泊場所・愛媛県)

四国遍路旅の宿泊場所の写真を掲載する。
「愛媛県編」 

【19日目】 愛媛県愛南町・須ノ川公園キャンプ場(テント泊)
広い東屋内で食事しながら広いキャンプ場を見渡す。
須ノ川公園キャンプ場 
水・トイレ有
キャンプ場と言っても公園と一体なので一般人も出入り自由。
ただしテント泊した日は人の出入りはほとんど無かった。
キャンプ場の向かいにある入浴施設「ゆらり内海」。
ゆらり内海 
温泉ではないが海水とマイクロバブルを使った身体に良さそうな湯。
500円で入浴でき個人的には満足。

【20日目】 愛媛県宇和島市・道の駅みま隣接の東屋(テント泊)
「道の駅みま」はとても広い敷地にある。
道の駅みま 
道の駅を野宿に利用する時は場所選定が悩ましい。
今回は道の駅に隣接する東屋内にテントを設営。
道の駅みま隣接の東屋 
水・トイレ有(道の駅)

【21日目】 愛媛県大洲市・松楽旅館
松楽旅館 
朝食付宿泊代4400円で洗濯無料。少し変わった風呂も良かった。

【22日目】 愛媛県内子町・上田渡(テント泊)
上田渡 
水・トイレ有
上田渡直売所(土曜市)、滝ノ上橋休憩所(バス停)がある。
上田渡の産直 
直売所の軒先にテントを設営した。

【23日目】 愛媛県久万高原町・久万公園の東屋(テント泊)
久万公園 
水・トイレ有
公園入口の直ぐ脇の東屋にテントを設営。
その奥にもう1棟東屋があるが立入禁止中。
久万公園の8km手前にある古岩屋荘で入浴&夕食後久万公園に移動した。
古岩屋荘 
古岩屋荘の隣に公認の野宿施設がある。
ここも魅力的だったが翌日の予定を考えて先に進むことにした。

【24日目】 愛媛県松山市・ホテル松山ヒルズ勝山東店
ホテル松山ヒルズ勝山東店 
1泊朝食付き3434円は今旅行中の最低料金!(しかも洗濯無料)
朝食は簡易バイキング、うどん朝食で十分満足できた。
ホテルの朝食 
ホテルマンの方にもお世話になり助かりました。

【25日目】 愛媛県今治市・浅海町の海岸(テント泊)
浅海町の海岸 
水・トイレ無し
当初の予定は浅海駅か大師堂だったが結局海岸でテント泊。
水とトイレは駅利用。

【26日目】 愛媛県今治市・仙遊寺宿坊
仙遊寺・宿坊 
1泊2食6000円・温泉付きはとても良心的。
精進料理(夕食)はこれに天ぷらとみそ汁がつく。
仙遊寺の精進料理(夕食) 
仙遊寺は通夜堂+温泉の無料利用も可能(朝のお勤め参加が条件)。

【27日目】 愛媛県西条市・香園寺奥之院の裏手(テント泊)
香園寺奥之院 
水・トイレ有
雨の中19時に着いたため緊急避難的に利用させてもらった。
翌日出発したら直ぐに東屋が現れた(こちらの方が良い。)
香園寺奥之院近くの東屋 
更に先に10分ぐらい進むと野宿できそうな公園もあった。

【28日目】 愛媛県四国中央市・松屋旅館
松屋旅館 
1泊2食6500円+洗濯機200円+乾燥機100円。
部屋干しは部屋が湿気るため不可。

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| 四国遍路旅 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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四国遍路旅の総括10(宿泊場所・高知県)

四国遍路旅の宿泊場所の写真を掲載する。
「高知県編」

【8日目】 高知県室戸市・最御崎寺(遍路センター)
一応宿坊扱いだが実際は旅館と同等。
最御崎寺(遍路センター) 
寺の脇道から遍路センターに出入りできる。
遍路センターの夕食
夕食は非精進料理  
 肉も魚も有りの非精進料理。更に天ぷら等2品ほど追加。

【9日目】 高知県田野町・二十三士公園(テント泊)
二十三士公園 
水・トイレ有
地元公認・事前申請不要のキャンプ可能公園。
写真のほぼ中央の場所にテント設営。
夕方や明け方に散歩などで人の往来があり設置場所は配慮必要。
たのたの温泉
たのたの温泉 
入浴料700円。公園隣接で便利で新しい温泉だが料金は高い。

【10日目】 高知県香南市・道の駅やすの海岸(テント泊)
道の駅やすの海岸 
水・トイレ有
過去のブログでは道の駅やすは野宿可能だったが最新情報では不可らしい。
道の駅から1~2分の海岸にテントを設置して、水・トイレは道の駅を利用。
雨天の場合は近くに東屋もある。ただし人の往来は少し多そう。

【11日目】 高知県高知市・種崎千松公園(テント泊)
種崎千松公園 
水・トイレ有
公園内に「キャンプ場として利用する場合の注意書き」立て札がある。
種崎千松公園内の立札 
注意書きでは利用前に管理事務所への連絡が必要とある。
到着時間が18時過ぎだったため連絡せず利用した。ゴメンナサイ

【12日目】 高知県土佐市・国民宿舎土佐
国民宿舎土佐 
今回の旅行中最も高額な宿。
料理グレードを下げれば2200円ほど節約も可能。
「松竹梅」の「竹」並コースの料理
国民宿舎土佐の夕食 
質的に高価でも、腹ペコの場合は量的に多少物足りないか…

【13日目】 高知県中土佐町・土佐久礼の海岸(テント泊)
土佐久礼の野宿地 
水・トイレ有
海岸にある津波避難施設の片隅にテントを設営した。
雨露を防ぐためと、砂浜側は土曜のため人の往来が多い気がした。
土佐久礼の海岸 
「土佐の一本釣り」作者青柳裕介像の脇で休息した。

【14日目】 高知県黒潮町・土佐佐賀温泉の東屋(テント泊)
土佐佐賀♨こぶしの里 
水有。トイレは温泉施設内を利用(21:00~6:00閉館)
テント泊については温泉職員の人の了解を得た。
土佐佐賀温泉の東屋 
東屋内には先客がテント設置済みのため東屋脇にテントを張った。

【15日目】 高知県土佐清水市・市野渡休憩所(テント泊)
市野渡休憩所(ドライブイン水車) 
トイレ有・トイレ洗面所の水は飲水不可の表示あり
ブログでは「ドライブイン水車」で野宿可能とあるが、
テントの設営は少し奥側の公衆トイレ脇の東屋が適当と思われる。
市野渡休憩所の東屋 
東屋のある高台から「ドライブイン水車」側を見下ろす。

【16日目】 高知県土佐清水市・ホテル椿荘
ホテル椿荘 
当初は「金剛福寺」の宿坊に泊まる計画だった。
予約電話をすると当日団体宿泊が無いため宿坊は休業とのこと。
5人以上の利用者がない場合宿坊は休みで前日か翌日なら宿泊可だった。
急遽ネットで探した宿はネット評判の芳しくない宿だった。
ホテル椿荘の夕食 
施設面で不満点は多いが料理のボリュームと名物女将が印象に残る宿。

【17日目】 高知県大月町・小才角休憩所の東屋(テント泊)
小才角休憩所 
水・トイレ有
雨天のため屋根の下にテント設営できることが望ましい。
小才角休憩所の東屋 
東屋内にギリギリでテントを設営(90cm×200cm)した。

【18日目】 高知県宿毛市・ホテルアバン宿毛
ホテルアバン宿毛 
素泊3700円で洗濯無料ならば大満足。

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| 四国遍路旅 | 16:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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四国遍路旅の総括9(宿泊場所・徳島県)

四国遍路旅での宿泊場所はとても重要なポイント。
できるだけ良い場所 or 良い宿を低料金で利用したいのが本音。
特に野宿先については事前にネットなどで情報収集したが現地に入るまで毎回不安。

それでは37泊した宿泊場所の写真を順次掲載。
まずは徳島県。

【1日目】 徳島県鳴門市・ドイツ村公園の東屋(テント泊)
ドイツ村公園 
トイレ・水場有
道路を挟み公園向いに公営住宅があるが概ね閑静。


【2日目】 徳島県吉野川市・鴨の湯温泉の建物脇(テント泊)
鴨の湯温泉 
トイレ・水場有
温泉入浴料450円。歩き遍路は2割引で360円。
温泉の敷地内には善根宿もある。
当日は他に宿泊者がいたため温泉側の了解をもらいテント泊。

【3日目】 徳島県神山町・CottonFieldキャンプ場(テント泊)
CottonFieldキャンプ場 
トイレ・水場有
キャンプ場使用料1000円。高額なので躊躇したが結局利用した。
遍路道からキャンプ場までは約1kmある。
中間地点に神山温泉&ふれあい公園がある。
温泉入浴料600円。キャンプ場利用者は1割引の540円。
ふれあい公園でもテント泊はできると感じた。(水・トイレ有)
神山温泉
神山温泉 
神山ふれあい公園駐車場(駐車場は広いが公園は小さい)
神山ふれあい公園 

【4日目】 徳島県庁前第一ホテル
徳島県庁前第一ホテル 
3年前の自転車旅行でも利用。
ホテル内「赤字食堂」の夕食・朝食バイキングが魅力。

【5日目】 大井小学校跡地の軒下(テント泊)
大井小学校跡地 
水・トイレ有
地元公認の野宿地。ボランティアにより清潔に管理されている。
奥の体育館出入口の軒下にテントを張った。利用者感想ノートがある。

【6日目】 徳島県美波町・恵比寿浜キャンプ村(テント泊)
恵比寿浜キャンプ村 
水・トイレ有
道路沿いのキャンプ場のため閑静ではない。
また管理人が常駐しておらずトイレや水場は誰でも自由利用。
シャワーが利用でき3分100円。

【7日目】 徳島県海陽町・道の駅宍喰の産直店の軒先(テント泊)
道の駅宍喰温泉
道の駅宍喰温泉 
産直店員さんの了解を得て軒先にテント設置
宍喰温泉産直軒先テント泊 
水・トイレ有(道の駅)
計画では白浜海岸キャンプ場に行く予定だった。
悪天候のため予定変更。産直の軒先で雨除けができラッキー。

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| 四国遍路旅 | 13:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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四国遍路旅の総括8(旅に要した経費)

四国遍路旅に要した経費について掲載します。

先ずは経費の主要部分を占める宿泊費・食費等です。 
● 宿泊費・食費等の一覧
  年月日   宿泊地  泊型   宿代   洗濯   入浴   飲食    県  市町村
H28.5.09 ドイツ村公園 (東屋) [テント] 0     477  徳島 鳴門市
H28.5.10 鴨の湯 (建物脇) [テント] 0   360 922  〃 吉野川市
H28.5.11 CottonField キャンプ場 [テント] 1000   540 100  〃 神山町
H28.5.12 徳島県庁前第一ホテル 宿・2食 6000 0   100  〃 徳島市
H28.5.13 大井小学校跡地 [テント] 0     715  〃 阿南市
H28.5.14 恵比寿浜キャンプ村 [テント] 500   100 130  〃 美波町
H28.5.15 道の駅宍喰 (売店軒先) [テント] 0   600 1800  〃 海陽町
H28.5.16 最御崎寺 遍路センター 宿・2食 7000 200   0  高知 室戸市
H28.5.17 二十三士公園 [テント] 0   700 1172  〃 田野町
H28.5.18 道の駅やす (海岸) [テント] 0     734  〃 香南市
H28.5.19 種崎千松公園 [テント] 0     1173  〃 高知市
H28.5.20 国民宿舎土佐 宿・2食 9500 0   1548  〃 土佐市
H28.5.21 土佐久礼港 (海岸) [テント] 0     550  〃 中土佐町
H28.5.22 土佐佐賀♨こぶし里(東屋) [テント] 0   600 1563  〃 黒潮町
H28.5.23 市野瀬休憩所(ドライブイン水車) [テント] 0     795  〃 土佐清水市
H28.5.24 ホテル椿荘 宿・2食 8790 0   970  〃  〃
H28.5.25 小才角休憩所(東屋) [テント] 0     1319  〃 大月町
H28.5.26 ホテルアバン宿毛 宿・素泊 3700 0   945  〃 宿毛市
H28.5.27 須ノ川公園キャンプ場 [テント] 300   500 1373  愛媛 愛南町
H28.5.28 道の駅みま (東屋) [テント] 0     1635  〃 宇和島市
H28.5.29 松楽旅館 宿・朝食 4400 0   1069  〃 大洲市
H28.5.30 上田渡(滝ノ上橋)産直 [テント] 0     1972  〃 内子町
H28.5.31 久万公園 (東屋) [テント] 0   400 1080  〃 久万高原町
H28.6.01 ホテル松山ヒルズ勝山東店 宿・朝食 3434 0   1711  〃 松山市
H28.6.02 浅海町 (海岸) [テント] 0     655  〃 今治市
H28.6.03 仙遊寺 宿・2食 6000 200   813  〃  〃
H28.6.04 香園寺奥之院 (建物脇) [テント] 0     483  〃 西条市
H28.6.05 松屋旅館 宿・2食 6500 300   1732  〃 四国中央市
H28.6.06 雲辺寺・通夜堂 [堂] 0     954  徳島 三好市
H28.6.07 朝日山公園キャンプ場 [テント] 0     1558  香川 三豊市
H28.6.08 アパホテル丸亀駅通 宿・朝食 5150 300   1234  〃 丸亀市
H28.6.09 香東川運動公園 [テント] 0     1220  〃 高松市
H28.6.10 二ツ池公園 [テント] 0   400 722  〃  〃
H28.6.11 中尾休憩所 [テント] 0     507  〃 東かがわ市
H28.6.12 徳島県庁前第一ホテル 宿・2食 5200 0   920  〃 徳島市
H28.6.13 道の駅紀ノ川万葉の里(東屋) [テント] 0     1620 和歌山 かつらぎ町
H28.6.14 ビジネスホテル みかど 宿・素泊 2500 100   1758  大阪 大阪市
      計 69974 1100 4200 38029    
    平均 1891 30 114 1028    
※ 大阪までの合計は113,303円、四国一周のみの合計は107,325円です。
※ 宿代はネット料金を掲載。実際支払った宿代はポイント利用等で4500円少ないです。
※ 宿代には宿の食事代のみ含みます。宿での酒代は飲食費に計上しました。
※ 洗濯代の0円は無料で洗濯できた宿屋です。(私は原則として有料乾燥機不使用)
※ 5/10と5/11の入浴は割引適用後の額です。5/14入浴はシャワー代です。
※ 遍路旅の開始当初の食費が少額(6日連続1000円以下)なのは小食も一因ですが、
  実家から持参した携帯食を食べていたことが多かったのが主な要因です。

次に寺回り(巡礼)に直接関係する経費です。
●巡礼経費の一覧
納経帳 2376
金剛杖 1728
納札 324
納経代 (300円×89寺) 26700
賽銭 (20円×89寺) 1780
大師御影 (高野山) 300
「四国八十八か所めぐり」・昭文社 1404
「四国遍路ひとり歩き・地図」・協力会 2700
「四国遍路ひとり歩き・解説」・協力会 1080
  計 38392
※ 賽銭は本堂・大師堂各10円に統一しましたが、10円硬貨がない時は5円や1円の時もあり、逆に100円入れた時もありました。

最後に交通費です。
●交通費の一覧
5/09 青森市営バス 200  造道~市役所
5/09 JRバス 650  柳町~青森空港
5/09 ANA航空・格安チケット 14900  青森~大阪
5/09 大阪空港交通 1050  伊丹~三宮
5/09 徳島バス 3100  三宮~松茂
6/12 徳島バス 400  霊山寺~徳島駅
6/13 南海フェリー 2000  徳島~和歌山
6/13 JR西日本(和歌山線) 500  和歌山駅~西笠田駅
6/14 南海りんかいバス 330  刈萱堂~高野山駅
6/14 南海電車 1260  高野山駅~難波
6/15 大阪空港交通 640  難波~大阪空港
6/15 JAL航空・格安チケット 18000  大阪~青森
  計 43030  

今回の遍路旅は弘法大師に倣った修行の旅ということで、できるだけ貧乏旅行に努めたいと思いました。
一般的な感覚では十分貧乏旅行だと思いますが、後半は宿利用頻度や飲食費が少し贅沢でした。
(経費の管理はスマホのアプリ「レシレコ」を使いましたが入力忘れがあるかもしれません。悪しからず)

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四国遍路旅の総括7(番外編・高野山)

H28年6月13日~14日に高野山まで向かった際のルートを掲載します。

H28年6月13日
高野山の手前まで交通機関と徒歩を併用して進んだルート


H28年6月14日
道の駅紀の川万葉の里から高野山奥之院までの徒歩ルート

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四国遍路旅の総括6(香川県ルート)

H28年6月7日から6月12日まで歩いた香川県のルートを掲載します。

香川県全体ルート


各日毎のルート

30日目(6月7日)ルート


31日目(6月8日)ルート


32日目(6月9日)ルート


33日目(6月10日)ルート


34日目(6月11日)ルート


35日目・四国最終日(6月12日)ルート

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四国遍路旅の総括5(愛媛県ルート)

H28年5月27日から6月6日まで歩いた愛媛県のルートを掲載します。

愛媛県全体ルート


各日毎のルート

19日目(5月27日)ルート


20日目(5月28日)ルート


21日目(5月29日)ルート


22日目(5月30日)ルート


23日目(5月31日)ルート


24日目(6月1日)ルート


25日目(6月2日)ルート


26日目(6月3日)ルート


27日目(6月4日)ルート


28日目(6月5日)ルート


29日目(6月6日)ルート

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四国遍路旅の総括4(高知県ルート)

H28年5月16日から26日まで歩いた高知県のルートを掲載します。

高知県全体ルート


各日毎のルート

8日目(5月16日)ルート


9日目(5月17日)ルート


10日目(5月18日)ルート


11日目(5月19日)ルート


12日目(5月20日)ルート


13日目(5月21日)ルート


14日目(5月22日)ルート


15日目(5月23日)ルート


16日目(5月24日)ルート


17日目(5月25日)ルート


18日目(5月26日)ルート

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四国遍路旅の総括3(徳島県ルート)

H28年5月9日から15日まで歩いた徳島県のルートを掲載します。

徳島県全体ルート


各日毎のルート

1日目(5月9日)ルート


2日目(5月10日)ルート


3日目(5月11日)ルート


4日目(5月12日)ルート


5日目(5月13日)ルート


6日目(5月14日)ルート


7日目(5月15日)ルート

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四国遍路旅の総括2(全体ルート)

これから未整理の情報を整理してブログに載せていきたいと思います。

まず四国遍路旅のコースを恒例のルートラボ地図で紹介します。
以前のブログでも話しましたが、ルートラボの地図では地図上に登録できる地点数の上限が8000地点に制限されます。
このため歩いた地点が道路から離れて表示される場合もありますがご了承ください。
また旅中に何度かスマホのトラブルに遭遇し、歩行の記録が途切れた箇所があります。
このため歩行記録の途切れた箇所を手作業でデータ補完しましたが、相当大雑把な補完のため道路と大きく隔たる箇所があることもご了承ください。

先ずは四国一周の全体ルートを掲載します。

四国遍路旅全体ルート
※ ルートラボ画面の左上には「拡大縮小」、右下には「ルート再生」、右上には「再生速度調整」の機能があります。


| 四国遍路旅 | 11:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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四国遍路旅の総括1(思い出)

四国遍路旅も無事終了しましたが、四国では様々な人々にお世話になりました。
また地元青森からも応援をいただきました。
T先輩からは毎回ブログへの助言や指導をいただいています。
驚いたのはK先輩が青森に帰った時に出迎えてくれたことです。
青森に帰る日時は誰にも伝えていないのに空港で待っていたのは本当にビックリ!
彼には恐山のイタコ(霊媒師)の知人もいるし霊感があるのかもしれません?!
お世話になったり応援してくださった皆さん本当に有難うございました。

以下は、四国遍路旅の記念品?について。

① 納経帳
 【88番大窪寺結願納経の証】
大窪寺結願納経の証
納経について今も良く理解していませんが、とにかく納経帳に結願の証を頂き心底ホッとしました。

 【高野山奥之院御礼納経の証】
高野山奥之院納経の証
高野山奥之院で納経を終え結願祝意の言葉を頂戴した時は、ありがたい気持ちになりました。

② 1番寺で頂戴した御影(おすがた)・閏年記念・遍路解説書と高野山で購入した御影
1番寺御影・閏年記念・遍路解説と高野山奥之院御影
弘法大師・空海は御影(おすがた)で現世を見守ってくださっているのでしょう。

③ 遍路交流センターで頂いた遍路大使任命書・バッジ・DVD
遍路交流センター大使任命書・バッジ・DVD
大使任命書の左上の番号「2488」は、私が今年の2488人目の大使ということかしら?

④ お接待の記念品(毛糸タワシと貝ストラップとミニ地蔵焼き物)
お接待記念品(毛糸たわし、貝ストラップ、ミニ地蔵)
「毛糸たわし」は6日目、「貝ストラップ」は25日目、「ミニ地蔵」は31日目に頂戴しました。
大切に使わせて頂きます。

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6月14日(火) 37日目(おまけ3) 高野山

天気 曇りのち晴

昨夜は道の駅の端にある東屋で野宿。
予定を早めて夜明け前に高野山を目指し出発したが正解だった。
この日は予定以上に時間がかかり宿泊地の大阪に着いたのが18時30分、夕食を済ませて宿に入ったのが19時30分。

慈尊院から高野山までは町石道(ちょういしみち)という一町(109m)毎に並ぶ石標に沿って続く登山道のような道を進む。
恥ずかしながら下調べした時この道を舗装道路だと思っていた。
舗装道路と登山道では歩き易さに大きな差が出る。
それでも町石道は整備が行き届いた道で登山道としては最高に歩き易い。
歩き易いが、いかんせん距離が長い。
そして、慈尊院の標高約70mから高野山の標高約900mまで7~8時間かけて徐々に高度を上げていく。
予定では時速4km弱の歩行速度のつもりが現実には時速3kmほど。
予定どおり進まないのは毎度のことなので、昼食も歩きながら軽く食べて済ます。

最初は変化に乏しい地味な道だから誰とも会わないだろうと思っていたが、5~6人と出会った。途中で2か所に駅と接続する分岐点があるため、私のように町石道全区間を通して歩くのではなく区切って歩いていたのかもしれない。

道の駅から9時間以上かけてようやく辿り着いた高野山は予想をはるかに超えた賑やかな街だった。
沢山の寺院が立ち並びその間には多くの商店がひしめき合う。
ここにも多くの外国人観光客が訪れていたが、他の地域に比べ欧州系の割合が多いように感じる。

高野山大門、金堂、根本大塔、そして本堂と大きさに圧倒された。
本堂に参拝してから、いよいよ奥の院に向かう。
今も弘法大師・空海が生きて?瞑想の世界にいると言われる場所。
その場所に行くまでには多くの歴史上の有名人の墓所を通る。
既に墓を管理する人もなく荒れ果てた墓も多い。
人は必ず死にそして徐々に人々の記憶からは薄れていく。
空海が生きているのかどうか私には分かりない。と言うより、肉体はもう無いだろう。
しかし高野山の僧侶にとり、そして奥の院を訪れ無心に念仏を唱える多くの人々にとり、空海の魂とその教えは永遠に生き続けていくのだろう。


夜明け前の出発で街の灯りも少ない


紀の川沿いを高野山に向かい歩く


慈尊院の手間で近所の親切なオバさんがこの先の道を案内してくれた


慈尊院から町石道は始まる


一町(109m)毎に並ぶ町石。
古い石や新しい石が混在


矢立茶屋。
慈尊院から5時間、休憩せず先に進む


やっと着いた高野山の入口、大門


圧倒的な根本大塔


金剛峯寺の本堂に参拝


高野山の賑やかな街並み


奥の院へ向かう道は墓に囲まれている


石田三成の墓にお参りする人。
この他にも多くの有名人の墓がある


今も中に居ると言われる弘法大師・空海が眠る奥の院


奥の院に手を合わせる人々


奥の院納経所で納経を終える


帰りはバスで高野山駅を経由し大阪へ

6月14日
04時15分 道の駅紀ノ川万葉の里を出発
06時40分 慈尊院に着(町石道の開始)
11時45分 矢立茶屋に着
13時35分 大門に着(登山道の終了)
14時10分 高野山金剛峯寺に着
15時15分 高野山奥の院に着
16時00分 バス~ケ-ブルカ-~電車乗継
19時30分 大阪市内の宿に着

歩行時間 11時間00分
歩行距離 39km

6月15日 大阪~青森(飛行機で帰宅)

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6月13日(月) 36日目(おまけ2) 高野山へ

天気 曇り

四国遍路終了後には高野山に結願お礼の参拝をする人が結構いるらしい。
又は四国遍路を始めるにあたって、先ず高野山に参拝してから四国に入るパターンもある。
高野山は弘法大師・空海の聖地。
私が一番最初に計画を立てた時は全く念頭になかったが、参考資料等を読んでいるうちに高野山にも行きたいと思うようになった。
何より納経帳の一番最初の頁には高野山奥の院の納経欄があり、空欄のままにしておくのは精神衛生上よろしくない。

当初は高野山へも徒歩で行く考えだったが、疲労度や天気状況から一部だけ徒歩にすることにアッサリ変更。
今日は、徳島のホテルから徳島港まで徒歩、徳島港から和歌山港までフェリー、和歌山港からJR和歌山駅まで徒歩、和歌山駅から西笠田駅まで電車、西笠田駅から道の駅紀ノ川万葉の里まで徒歩で進んできた。
明日、高野山奥の院を目指す。


徳島港のフェリー乗り場


和歌山港に到着


和歌山城に寄る


和歌山城から市内中心部を眺める


JR和歌山駅


JR西笠田駅


紀ノ川沿いの遊歩道を歩き道の駅を目指す


道の駅紀ノ川万葉の里

09時45分 徳島のホテル~徳島港(徒歩)
11時00分 徳島港~和歌山港(フェリー)
13時10分 和歌山港~JR和歌山駅(徒歩)
13時40分 レストランで昼食
15時30分 和歌山城に寄る
16時20分 和歌山駅~西笠田駅(電車)
17時10分 西笠田駅~道の駅万葉の里(徒歩)
17時30分 道の駅に到着

歩行時間 3時間20分
歩行距離 15km

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6月12日(日) 35日目(おまけ) 1番霊山寺へ

天気 曇りのち雨

昨日88番大窪寺を打ち終え、四国88ヶ所の巡礼は完了した。
しかし、折角四国をほぼ一周したのだから、この際最初の寺に戻り一周を完成させたい。
昨日立ち寄ったお遍路サロンの職員の人も、昔より完全一周を目指す人が増えていると話していた。
私の望みも完全四国一周。

今日のルートは、香川と徳島の県境方面の海岸沿いに向かって進んだ後、山側に進路を変え標高350m余の大坂峠を越える。
そして3番金泉寺へと道を下り、3~2~1の順にスタート時と逆の道を辿って1番霊山寺で一周完了する。

昨日中尾休憩所に着いた時は夕暮れ時だったこともあり、薄暗く湿っぽいイメージで良い印象ではなかった。
しかし夜が明け始めの林道を歩くと、気持ち良さで満たされた。
88ヶ所の納経を終えた安堵感が大きく予備食料もほぼ食べ尽くしザックも軽い。
ああ、涅槃のような心地良さ。

だが唯一、昨日最後の大窪寺で水を調達せず次の水場に予定していた白鳥温泉まで歩かなかったため、昨夜から今朝にかけ水分摂取が十分ではない。
いつものように汗を舐めて水分補給の代わりにしたいが、下り気味の平坦な道が続くためほとんど汗もかかない。
そのうち何とかなると思っていたら1時間強歩いた所で自販機が現われた。
ペットボトルのスポーツドリンクを購入し、本当は一気飲みしたいところを昨日の遍路サロンの教訓を活かし、歩きながら時々チビチビ飲むようにして1本空けるのに約5時間かけた。

ようやく海沿いまで来て、いよいよ大坂峠越えの登り道という時に後ろから呼び停められた。
近所に住むオバさんが、
「大坂峠に向かうのならば車道の道よりも近道があるから教えてあげる。」
と私にオイデオイデをする。
私は大坂峠越えは車道の道しかないと思い込んでいて、近道の遍路道標識を見落としていたのだ。
近所のオバさんは5分ほど私を案内し、もう間違わないと思われる場所まで一緒に来てくれた。

車道のつづら折りの坂を数回横切る直線的な広い林道の遍路道。
遍路道の途中に展望所があり、立ち寄ってこの先のルートを確認した。
あれ?車道の方の最高標高地点は250mなのに、遍路道の最高標高地点は360mではないか。
遍路道の方が距離は短いが高い所まで登るということだ。
どっちが楽だったか微妙。
だが、坂道は全体的に緩い上りが続くアップダウンのない比較的楽な道で、しかも文化庁選定歴史の道百選にも認定された由緒ある道。この道を来て良かった。
オバさんに感謝。

この日は風が強く、竹やぶの中の道を通った時にそばで枯れた竹が強風に煽られてガラガラと倒れてきた時は驚いた。
峠を越えて民家が見え出した頃から、曇り空から雨が落ち始めた。
少し待てば雨は弱まるのではと淡い期待を抱きたまたま通りかかった阿波大宮駅に入ったらついついうたた寝。
10分ほどで目覚めたが雨は変わらず降っている。
諦めてレインウエアを着用して出発。

それほど強くない雨の中、頭と顔を雨に晒しても気持ち良いと感じて歩いていると、私の脇に車が停車して中からご婦人が「100円ショップで買ったビニール傘だけど良かったら使って」と傘を差し出した。
とても嬉しかったが傘は荷物になるため持たないことを詫びて伝え、お気持ちだけありがたく頂戴した。
そこで一句浮かんだ。

雨の道
接待傘で
こころ晴れ

雨降る中、3番、2番と寺を通過し、無事1番霊山寺に到着。
四国一周の旅は雨の中で終了。
雨は濡れて不快だし後始末も大変だが、貴重な水を提供してくれるし何より印象的なお接待に出会う機会を与えてくれた。
お遍路は多くの思い出を私にくれた。
般若心経ではこれら全てが幻だと説く。
過ぎてしまえば夢のよう。
最高のひと時の夢をくれた四国遍路道に心から敬意と感謝を捧げる。


朝日の差す樹林帯の道を歩く


途中で現われた小さい池


予約とれず宿泊できなかった白鳥温泉


早朝の車の少ない道を歩く


大坂峠越えの近道を教えてくれた近所のオバさん


途中、展望所に立ち寄る


県境から更に先に大坂峠がある


大坂峠(標識がなく分かりにくい)


大坂峠からの急下り


竹やぶでは強風で枯竹の倒れる音に驚いた


雨が降り出したので駅で休憩


3番を通過


2番を通過


1番霊山寺に到着


荷物を降ろして、四国一周終了

05時20分 中尾休憩所を出発
11時25分 大坂峠越え
14時35分 1番霊山寺に着(歩き遍路完了)
17時20分 徳島市内ホテル着(バス利用)

歩行時間 8時間30分
歩行距離 36km

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6月11日(土) 34日目 86番志度寺~88番大窪寺

天気 薄曇り

今日はいよいよ最後の寺に向かう。
これまで道のいたるところに道標の石柱があった。
それらの道標の由来が掲示されていた。
秋田の人が道標を立てた? 250年前?
秋田から歩いて四国お遍路に来た、しかも道標まで立てたというのか!
一体、四国お遍路は昔からどれだけ人気があったのだろうか?

86番、87番の寺を打ち終え、最後の88番大窪寺に向かう途中に、道の駅の向かい側に「お遍路交流サロン」があった。
チョイと一休みと思い入館。
何と!歩き遍路でここまで来た人には遍路大使任命書を発行するとのこと。
サロンの人の話によると、
年間で2500人~3000人に発行しているらしい。
今年は逆打ちの人が多少多い。
外人も増えてきている。
外人は日本語が出来なくても来ている人が結構いる、とのこと。
サロンからのお接待で、冷えた美味しい水を5杯ほど飲みお菓子にも手を出す。

チョイと一杯の つもりで飲んで
いつの間にやら ハシゴ水
気がつきゃ サロンのベンチで のんびり
これじゃこの先 遅れちまうよ
分かっちゃいるけど やめられねぇ
(スーダラ節の替え歌)

サロンには見学も含め30分ほどいて疲労回復したが、その後も続く登り道に、飲み過ぎた水が汗になって噴き出してバテが出始めた。
その後、アメを舐めると少し回復。
汗を舐めると更に回復。
自分の中では、汗舐めが最も効果が高いとことが実証された。

大窪寺に向かう手前には女体山という標高774mの山越えがある。
女体山の名前からなだらかな山をイメージしていたが、山頂に近い場所は岩山のゴツゴツ感に驚かされた。
四国遍路中では最も岩山登山の雰囲気を楽しめる名前のイメージと異なる山だった。
標高774mを越えた後は300m以上降ってようやく大窪寺に着く。

やっと結願(けちがん)した。
納経所の方が、納経帳に朱印後に思いを込めて渡してくれた。
達成感よりも、やっと納経から解放されたという安堵感と虚脱感。
納経受付時間を気にしたり、寺を回り忘れてないか、納経し忘れしてないか、気になりながらの旅だった。

一方で、海、山、峠、川、田畑、山間集落、古い街道、レトロな街並み、商店街、都市部など変化に富んだ景色を存分に楽しんだ旅でもあった。
各お寺では、最初の頃は恥ずかしくて省略したこともあった般若心経を、本堂と大師堂で真面目に唱えた。
日本遺産に認定され、更には世界遺産登録を目指すという四国遍路。
何百年という脈々と続いてきた歴史を四国全体の道や町から十分に感じさせられ、お接待という無償の愛が受け継がれている。
正に日本を代表する遺産として後世に繋いでいってほしいと心から感じた。


テント泊した二ツ池公園を出発


道の駅牟礼はテント泊したい場所だが禁止となっている


本日最初の寺、志度寺


すぐ隣りには平賀源内の墓所がある


長尾寺に向かう途中で見た昔の遍路人の話(250年前秋田から遍路に来たとは!)


お遍路へのちょっとした励まし


長尾寺の本堂と大師堂


休憩に立ち寄ったお遍路サロン


記念撮影してくれた


女体山に向かう途中にあった水場?
とても冷たく、頭を冷やしうがいした


女体山頂直下の岩場


女体山頂からの眺め


大窪寺


門前に商店が並んでいる。
私は、寝ぐらの心配があり先を急ぐ。


満員で宿泊予約できなかった白鳥温泉にとりあえず野宿の予定で先を急いだ。
温泉の3kmほど手前にあった中尾休憩所を急遽寝ぐらにすることにした。
今旅行中で最も寂しい寝ぐら

06時50分 二ツ池公園を出発
08時00分 志度寺に着
10時05分 長尾寺に着(45分休)
12時30分 お遍路交流サロン着(30分休)
15時20分 女体山頂に着
16時00分 大窪寺に着
18時25分 中尾休憩所に着

歩行時間 9時間10分
歩行距離 36km

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6月10日(金) 33日目 83番一宮寺~85番八栗寺

天気 晴

今日は野宿地の関係から今回の遍路旅で最も短い歩行距離の日。
できれば道の駅源平の里むれまで行きたかったが野宿禁止となっており、その先の野宿地だと遠過ぎるため、少し手前に野宿地を予定した。

朝から暑い一日。
昨夜の野宿地から2kmの所に本日最初の寺があるため朝の出発はのんびり。
丁度通学時間と重なり小学生らが行き交う中、一宮寺に行き納経を済ます。

次の屋島寺までは少し長い道のり。
一宮寺から歩き出す前に改めてルート確認すると途中に栗林公園がある。
当初予定を組んだ時は、今回の旅はあくまで遍路が主目的なので遍路以外には余り時間をかけないようにした。
栗林公園も予定には入れていなかったが今日のスケジュールに余裕があるため急遽寄り道することにした。

栗林公園は3年前の自転車旅行時に立ち寄った場所で、個人的に日本3名園よりも自分の好みに合う。
今回はそれを再確認したいと思った。
そして最高の青空の下で大満足した。
ミシュラン3つ星に選ばれたのも納得。
登山旅行でもそうだがどんな名山でも天気が悪い日に登れば良い印象が残らないのは仕方ないこと。
残念なのは時間がないことで次は一日じっくり鑑賞したいものだ。

栗林公園は樹々が日差しを遮ってくれ、何よりも背中に荷物がないため快適に過ごしたが、次の屋島寺に向かうためザックを背負った時から格闘が始まる。
栗林公園を出た後、少しの間ビル街の通過で日差しが遮られビル風も吹き良かったが、進路が東に変わった時から直射日光をまともに浴び汗が滴り落ちる。
とにかく暑い。
午前中だが体感的には30度はある。
汗で体外に放出される塩分を再吸収するため汗を舐めながら歩くのは私の定番になっている。
長い町中の道を抜けるといよいよ屋島寺への登り道が始まる。
いきなり勾配21度の急坂が現れた。
斜度がキツくなるほど歩幅を狭めて登るのも私の定番。
その後もツヅラ折の石畳の道が延々と続くように感じた。
屋島寺は船をひっくり返した様な形の山のほぼ山頂に位置し標高は284m。
低山だが暑さとザックの負担に苦しみ抜いてやっと山頂に到着。
納経前に休憩を兼ねて軽い昼食をとる。

屋島寺を打ち終え次の八栗寺もまた似た様な山の中にある寺。
寺がある位置の標高は屋島寺より若干低い220m。
最初は何と勾配27度の急坂。
途中に現れたケーブルカーの誘惑を断ち切り何とか八栗寺も打ち終えた。
八栗寺からの下山時には、イノシシの子供達にも遭遇できた。

八栗寺までに流した大量の汗をさっぱりしたいと思い、予てから候補に組み込んでいた近場の銭湯に入る。
今日一日の疲れが身体の中からドンドンお湯に流れ出ていくような心地良さに思わず長風呂をした。
銭湯の後はスーパーで夕食と朝食の買い出しをして野宿候補地に向かう。
この野宿候補地が非常に道の入り組んだ住宅街のはずれにある公園で、場所が分からず諦めかけたとき、犬を散歩させていたおじさんに助けられて無事に公園に到着できた。


野宿した香東川運動公園を橋の上から遠望


通学時間帯に一宮寺に向かう


一宮寺に到着


一宮寺からの県道172号の狭い直線道路


栗林公園に到着


今が見頃の花しょうぶ園


船遊びに憩う女性方


園内一の絶景ポイント飛来峰からの眺め


栗林公園を出てビル街を歩く


ビル街を過ぎ強い日差しの歩道を行く


勾配21度の屋島寺への登り坂


何とかたどり着いた屋島寺の本堂


本堂隣の夫婦たぬきのオスたぬきにご婦人方がナデナデ


八栗寺を左手に眺めながら遍路道を行く


八栗寺へのケーブルカーの誘惑に負けず左手の遍路道を行く


八栗寺の山門に到着


八栗寺の下り道で子供イノシシに遭遇!
目が悪いようで、向こうから私に近づき、音をたてたら一目散に逃げた


クア温泉屋島で無精ヒゲを落とす


野宿した牟礼町二ツ池親水公園

07時00分 香東川運動公園を出発
07時30分 一宮寺に着
09時20分 栗林公園に着(50分)
12時35分 屋島寺に着
15時20分 八栗寺に着
16時25分 クア温泉屋島に着(75分)
18時00分 牟礼町二ツ池親水公園に着

歩行時間 9時間00分
歩行距離 35km

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6月9日(木) 32日目 78番郷照寺~82番根香寺

天気 雨のち曇り
朝に天気予報を確認すると、朝方一時的に雨で後は曇りのマーク。
ホテルで朝食しながらブログ入力し出発を遅らせたが出発時は雨。
その後天気予報どおりに1時間ほどで雨は上がる。
昨日は金刀比羅宮に行くため寺の回り方を変則的にしたが、今日も変則的な回り方になった。
以前紹介した「だいたい四国88ヶ所」の本で80番~82番の回り方を工夫すると見晴らしの良い五色台を経由できることが書いてあり、本に書いてある回り方と同じようにすることにした。
ただし、回り方を変えると時間配分の参考資料がないことや、コースの難易度なども分からないため不安な面もある。
ということで、朝に雨でブログに時間を使い出発を予定より遅らせたことが、今日の予定にどう影響するか気になった。
雨の日は道の水溜まり等が気になり歩行速度を上げにくい。
出発が予定より約1時間半遅れ。
最後の寺の到着予定が16時を予定していたため、遅れをどこかで挽回しないと納経受付終了時刻の17時には30分ほど遅れることになる。
最初の寺到着の所要時間は予定どおりにだったため遅れは挽回出来ず。しかも雨が上がりレインウエアを脱いで収納する時間が余分にかかる。
2番目の寺へ向かう途中では古くから続く商店街のアーケード通りを通過。しばしノスタルジー気分に浸る。
2番目への所要時間では10分ほど短縮出来た。
2番目の後にコンビニで食料を調達。
そして3番目の寺からが通常と異なる変則ルート。
白峰寺に行くまでに五色台というとても見晴らしの良い道を歩くことができ、普通に79番から80番に向かうとこの道を通ることができない。
確かに見晴らしが良く町並みが良く見える。きっと紅葉時期とかには五色に彩られることだろう。
このルートは最初五色台への舗装路を通過し途中から白峰寺への参拝石段路になる。この石段が長かった。
昨日から長い石段登りが連続。
ここでは石段登りが予定外で時間短縮はできなかった。
この時点では今日の当初予定の完遂は半分諦めていた。
それでも寺で昼食代わりにバナナ1本を頬張り直ぐに次の寺に向かう。
次の寺に向かう途中では、雲辺寺での同宿男性と再会。2度あることは3度ある。
4番目の寺へは5番目の寺へのルートと一部重なる部分がある。
このため、最後の5番目までの見通しが立てやすい。
4番目到着時点で計20分短縮。
もしかしたら最後のひと頑張りで最後の寺の納経受付に間に合うかもしれない。
4番目を打ち終えた後、軽食にクリームパンを頬張り直ぐ最後の寺に向け出発。
最後の寺への道は運が良かったことに山中にありながら平坦な道が続き時間短縮し易い。平坦な道の後は結構な下り坂が続く。ここは時間短縮は難しいが登りよりははるかにマシ。
下り終えると町中にでて、無事納経受付終了の15分前に寺に到着。
山中の平坦な道で助かり、最後の区間だけで30分ほど時間短縮出来た。
ハードな一日は最後の宿泊地まで約2時間の道のりをこなして終わった。


雨の中郷照寺への道を行く


郷照寺到着時には雨は上がる


天皇寺への道。
道端には石柱がしばしば見られる


本町商店街のアーケード通り


ローマの休日。
郷愁を誘う映画ポスターやシャッター絵画があった


崇徳上皇を祀る白峰宮と隣接する天皇寺


白峰寺に向かう五色台ルート


五色台ルートからの眺め


白峰寺への長~い石段


崇徳天皇の陵墓と隣接する白峰寺
(左手の道が陵墓に通じている)


白峰寺


白峰寺から根香寺への道


根香寺と国分寺の分岐点を通過。
この先の根香寺までが往復区間になる


根香寺の本堂は普通と少し違う。
本堂へは数え切れない仏像が飾られた暗い廊下を進む


国分寺への下り坂途中の眺望地からの国分町並みの眺め


本日最後の国分寺


香東川運動公園にテント設営

08時30分 ホテルを出発
09時30分 78番郷照寺に着
10時55分 79番天皇寺に着
13時25分 81番白峰寺に着
14時50分 82番根香寺に着
16時45分 80番国分寺に着
18時50分 香東川運動公園に到着

歩行時間 9時間30分
歩行距離 43km

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6月8日(水) 31日目 71番弥谷寺~77番道隆寺

天気 曇り
昨日夕暮れ時に朝日山森林公園キャンプ場に到着すると、野良犬2匹の出迎えを受けた。
何でキャンプ場に野良犬がいるのだ?と訝ってみたところでどうしようもない。
2匹は私に縄張りに入ってくるな!と言わんばかりに吠え続けるためやむなく退散。少し手前で見かけた野外コンサート場にテント泊することにした。
19時30分に公園に着いて今更別の場所に移動は出来ない。
犬がいた場所から遠くないため、22時頃まで犬が近づいてきて吠えているようだったが、私はテントの中で知らぬ存ぜぬを決め込み、その内犬の鳴き声は止んだ。
しばらく眠っていると、今度はニワトリのコケコッコ~の甲高く響き渡る声が近くから聞こえた。
え、もう朝か?と時計を見ると深夜0時30分。
何でキャンプ場にニワトリがいるのだ?と訝ってみてもどうしようもない。
野良犬は分かるが野良ニワトリっているの?
それともコケコッコ~と鳴く野生の鳥がいる?
そもそも深夜に何故鳥が鳴くんだ!
どうやらニワトリは3羽いるようで、1羽が鳴くと2~3秒して次の鳥が鳴くというサイクルを繰り返す。
10分ぐらい続き、これで止んだかと思えば20~30分後にまた鳴きだす。
最初は気になって眠れなかったが、その内浅い眠りには入ることができた。
ここのキャンプ地は無料で今回特別に予定を立てた金刀比羅宮からも割と近いため丁度良いと思ったが、タダほど要注意ということを勉強させて頂いた。
朝の出発時は霧がかかっていたが、キャンプ地から下に降りると見通しの良い曇り空。
今日の予定は非常にタイトで、しかも遍路道から外れたり逆打ちで進む距離も長いため、気を引き締めて歩く。
朝日山森林公園から金刀比羅宮まではスマホのマップだけが頼り。この先は行けないとの看板が現れた時は冷や汗をかいたが車用の表示でひと安堵。
何とか無事辿り着き785段ある石段のうち200段目あたりから上手く割込むことも出来た。
それでも約10kgのバッグを背に負い本宮に辿り着くのには約20分。
山頂の眺望に浸る余裕もなく御守りを買い慌ただしく下山する。
次の善通寺までも長いロードで遍路道から外れているためスマホのマップ片手に進む。
道自体は国道319号などを通るほぼ直線の道が長く続く。
分かり易いが退屈な道をひたすら黙々歩き約2時間で善通寺に着けたのも予定通り。
善通寺は四国遍路の創始者・天才空海生誕の地ということで他の寺と規模が全く違う。特に大師堂は他の寺の本堂以上に大きい。
ここでもやはり御守りを買い、少しゆっくりしたい気持ちをこらえ次に向かう。
甲山寺を打ち終え次の寺に向かう道で昨日雲辺寺通夜堂で同宿した男性と再会。
私の方がこの区間は逆打ちルートになっているため出会う可能性を感じていた。
互いにエール交換して各々の道を行く。
私の方は逆打ちのためスマホのマップを確認しながら遍路マークもチェックしながら気を抜かず歩みを進める。
曼荼羅寺、出釈迦寺を打ち終え、無事弥谷寺の山門に到着し予定よりも順調に進んでいると思ったら、弥谷寺の本堂までは約530段の階段を登る!
本日2度目の長~い石段。
思わず山門脇にバッグを置いて、今度は荷物無しで登る。
本堂から108段下に大師堂がありそこに納経所もあるため、先に本堂に参拝してから大師堂に降りて参拝し納経所で納経を済ませた。
そこで気づいた。金剛杖がない?
確か山門に荷物は置いたが金剛杖は持って登ったはずだ。
アッ!本堂の脇の杖置場に杖を置き忘れた!
本堂に着いてホッとし眺望も良くて気持ちが緩んでいた。
一瞬金剛杖をそのまま置いて行こうかと頭をよぎったが、長い期間大師の分身と言われる金剛杖と苦楽を共にしてきて愛着もひとしお。
再度108段登り金剛杖を取りに戻った。
弥谷寺到着時は予定より30分ほど早いと思ったが、長い石段に加えて杖の置き忘れで結局はほぼ予定通り。
次の金倉寺までがまた遍路道から外れる約8kmの長い道のりのため最短ルートになるよう気をつけながら黙々と歩く。
無事金倉寺に到着し、時間も予定より早かったため、ようやくゴールまでの見通しが立ちこの日初めて気持ちにゆとりが出来た。
気持ちにゆとりが出来るとペースが落ちる。この日最後の道隆寺への約4kmの道がとても長く感じる。
それでも道隆寺への道中でお接待のパワーを頂いて無事道隆寺に到着。
とても長く感じた一日を無事終えて心から安堵した。


朝日山森林公園野外ステージにテント設営


朝靄の中、金刀比羅宮に向かう


金刀比羅宮に行けない標識にドキリ


金刀比羅宮の長い石段


金刀比羅宮への最後の石段


金刀比羅宮の本宮


金刀比羅宮からの眺め


善通寺へ向かう道


善通寺に到着


善通寺の堂々たる大師堂


甲山寺から曼荼羅寺への途中で男性と再会


弥谷寺への道


弥谷寺の山門脇にバッグを置く


弥谷寺大師堂から本堂への最後の登り


弥谷寺本堂からの眺め。
ここで金剛杖を置き忘れる


金倉寺に到着してホッと


本日最後の寺・道隆寺。
長い一日でした

05時45分 朝日山森林公園を出発
07時45分 金刀比羅宮
09時40分 善通寺
10時30分 甲山寺
11時20分 曼荼羅寺
11時40分 出釈迦寺
13時00分 弥谷寺
15時10分 金倉寺
16時30分 道隆寺
17時35分 丸亀市内のホテルに着

歩行時間 9時間50分
歩行距離 45km

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6月7日(火) 30日目 66番雲辺寺~70番本山寺

天気 雨のち曇り

雲辺寺の通夜堂の先客は、私より10歳年上の男性。
兵庫県出身で私同様、野宿遍路の順打ちで全部回る予定。
ただ私は有料宿に既に9泊しているが彼は5泊とのことで私より野宿率が高い。
野宿する場所は道の駅や通夜堂などが多いとのこと。

驚いたことに彼もコール君と出会っている。
6月2日に仙遊寺の通夜堂で一緒に野宿したとのこと。
コール君は私と別れた2日後には既に私より1日分先に進んでいた!
昨日は無事6月6日の誕生日を66番雲辺寺で迎えたことだろう。

仙遊寺は宿坊の他に通夜堂もあり、翌朝のお勤めに参加することを条件に、無料で通夜堂に泊まった上に、無料で温泉も利用できる。
彼は昔登山やロッククライミングもやっていたとのことで、東尋坊でロッククライミングをしたことやネパール方面?の5000m級の山にも行ったことがある話などをしてくれた。
また彼が出会ったお遍路さんの中に、野宿遍路している70歳代の女性お遍路さんがいて、彼がテント泊している脇でテント無しの露天で寝ていたという話には驚いた。
自分は怖くてとても出来ない。
その豪傑女性に是非お目にかかりたい。

彼は昨日既に雲辺寺を打ち終わっているため朝5時50分には雲辺寺を出発したが私はまだ納経所の受付待ちがあり、ブログを整理して7時30分に雲辺寺の納経を行う。
夜明け前は曇りだったが、納経時にはしっかり雨が降っている。
既に西日本の一部が梅雨入りし、天気予報は曇りと雨の境目で頻繁に変化して余り当てにならない。
昨日は雨の予報が一日曇りで、今日は曇り気味のはずが、午後にかけてずっと雨になり、その後雨が徐々に上がって曇りから夕暮れ時には青空も見えた。

昨日の雲辺寺到着でパワーを使い果たしたか、朝から続く雨のせいか、今日は終日足が重い遍路の旅路になった。
昨日は良い天気で涅槃道場日和になったと思ったら、今日はまた雨が靴の中まで濡らし修行道場に逆戻り。
雲辺寺からの下り坂道の途中で「おうなぎさんの伝説」という地元に伝わる伝承を紹介する看板があった。
昔この地方に大干ばつがあった時、祈りの力と鰻パワーで雨を降らせた話。
42番仏木寺に向かう遍路道では、400年前に地域農業のため私財を投じて生涯をかけてため池を造った話があり、雨水にまつわる苦労話は数多い。
自分も雨の日は雨水を手の平に受け、口の渇き対策に利用。雨が強い時は結構な飲み水にもなる。
雨はなくてはならないものだが、できればほどほどならば助かる。

今日の最後の寺、本山寺の後に歩いたコースは遍路道から大きく外れている。
実は明日、是非この機会に金刀比羅宮にも参拝したいと思い、事前に下調べして計画に組み込んでいた。
野宿地は朝日山森林公園キャンプ場。
夕暮れ時に到着した朝日山森林公園は予想に反し快適とは言えない場所だった。


雲辺寺通夜堂で同宿した男性


通夜堂の中には樹が生えている!?


雨の雲辺寺本堂に参拝


雲辺寺からの道に続く様々な態様の石仏


雲辺寺下り坂の途中で見たお鰻さんの伝説


雨の大興寺大師堂


琴弾八幡宮から琴弾公園の眺望地に行けると思い参拝を兼ねて登ってみた


眺望は良かったが琴弾公園の眺望は叶わず


一時雨が弱まった琴弾八幡で道草後、神恵院・観音寺に着いたらまた雨が強まる


神恵院の変わった門を潜れば本堂。
神恵院は観音寺より先に出来た先輩に当たるが今は住職は一緒。
一体で運営されているらしい


ようやく雨が上がり本山寺に向け歩く


本山寺の本堂は国宝


本山寺は五重塔が平成の大修理


行く先に見える今日のキャンプ地の朝日山森林公園のある山


夕暮れのキャンプ地への登り道。
灯籠がお出迎え

07時30分 雲辺寺で納経
10時30分 大興寺に着
14時00分 琴弾八幡宮に寄る
14時30分 神恵院・観音寺に着
16時00分 本山寺に着
19時30分 朝日山森林公園に着

歩行時間 9時間40分
歩行距離 39km

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6月6日(月) 29日目 65番三角寺

天気 曇り

今日は愛媛県最後の寺、三角寺を打った後、いよいよ遍路の旅の最後の仕上げになる4県目の香川県「涅槃の道場」入りする。
実際は愛媛県→徳島県→香川県の順に進むことになる。

前日宿泊した宿の女将からは三角寺までの道ではここから6km先のコンビニが最後の店になる旨の助言を受けていた。
スマホのマップで検索したところ、遍路道にこだわらなければもう少し先にも店はあるよう。
ということで遍路道にこだわらず国道11号沿いを進む。
宿から約10kmほど先にあるスーパーで無事3食分の食料(昼・夜・朝)を調達して、国道に別れを告げ遍路道を行く。

遍路道から一旦松山自動車道沿いの大通りに出ると母娘の女2人の逆打ちお遍路さんと出会う。
出会った場所が、遍路道が二手に分かれている場所。
一方は約20kmずっと松山自動車道沿いを進むルートで、もう一方が私が進んで来たルート。
娘の方から私の進んで来たルートは遍路道かと尋ねられたので簡単にルートを説明し、母娘は私の辿って来たルートへと向かった。
その後私は少し心配になった。
私の来たルートは何度も右左折を繰り返して進む。
尋ねた母娘は経験の浅い様子の逆打ちお遍路さんで、果たして迷わずに逆打ちの難しいルートを辿れるだろうか?
しかし出会った時間は昼前でこれから昼食時間という時に、いくらわかりやすいとは言え松山自動車道沿いの店も何もなさそうなルートを延々20kmも歩くのはもっと辛そう。
私の返答は正しいと思うことにした。

人の心配をしている場合ではなかった。
今日は三角寺と雲辺寺と言う2つの大物が待っている。
宿から約17km標高350mの場所に三角寺はある。
今日は曇り空だが時折日射しが差し気温も高く蒸し暑い。
結構汗ダクになりながら何とか三角寺を打ち終え、昼食後県境越えに向かう。

雲辺寺に向かう道で2度道間違えを犯した。
2度共に標識とマップの見誤り。
特に2度目は、間違えた道も遍路道の1つで峠越えの時間を要するコースだったため気付くのが遅れ、つづら折りの登り道を約20分進んだ後で引き返した。
何故こう何度も道間違えをするのだろうと悲しくなり自分に腹が立った。

愛媛県から境目トンネルを越えて徳島県入りすると徐々に車の数も減り静かな環境に変わる。
小さな集落を通った後は、いよいよ遍路道中の最高標高地点900m越えに向かう登山道に入る。
普通の登山であれば900mは楽な方だが30km超を歩いた後の900m登山はキツイ。
しかし道間違いしたおかげもあり、夕暮れ時の徐々に涼しさを増し静けさも増す中を、山の空気を全身で感じながら登り続けていると、今私は四国の雲辺寺に唯一人、青森という離れた土地から来ているのだという感動に浸された。
ああ、これが涅槃というものか。
道間違いも案外無駄ではなかった。

夕暮れ時の寂しい雲辺寺に唯一人到着したと思い通夜堂のドアを開けたら、そこには先客がいた。
(通夜堂=寺が設置した無料宿)


宿を出て通ったあいさつ道路。
通学する子供達から朝の挨拶をもらった


三角寺へ車で行く場合はカーナビのルートを信じてはいけないという標識


三角寺への道の途中で市街地を眺める


三角寺は山門に鐘を吊り下げている


三角寺の本堂


最初の道間違え地点。
地図の縮尺は道の進行方向を勘違いさせる


2度目の道間違え地点
標識の3方向のルートが同一方向と勘違い


県境にある境目トンネルを越える


トンネルを越えると徳島県


雲辺寺に向かう途中の山並み風景。
何となく涅槃を感じる


雲辺寺に向かう山道。
何となく涅槃を感じる


雲辺寺の通夜堂に到着。
先客がいた

07時10分 旅館を出発
11時50分 三角寺に着
18時10分 雲辺寺の通夜堂に着

歩行時間 9時間10分 (+40分)
歩行距離 41km (+3km)

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6月5日(日) 28日目 61番香園寺~64番前神寺

天気 雨のち曇り

今日は4つの寺を打った後に、次の目的地に向かう長いロードの移動。
昨日はお大師さんに導かれるように香園寺奥之院まで来たため、今日は朝7時前に香園寺に到着。
香園寺の立派過ぎる本堂に参拝後、納経所に一番乗り。
納経所で立派過ぎる本堂の由来を尋ねると、こちらの寺は子安大師が祀られているため、古い本堂では安産祈願の多くの信者を収め切れなくなり昭和51年に今の大聖堂を建立したとのこと。
親切な納経所の人(尼さん?)は、次の寺の納経受付時間は8時からと教えてくれた。

次の宝寿寺には少し道迷いし7時45分到着。参拝を済ませて納経所に向かうと8時前だが、丁度納経所の受付を開始してくれた。
次の吉祥寺の納経所の人は、丁度鳴っていたサイレンの音を聞きながら「救急車の次は寺だな」と一言。
一瞬意味がわからなかったが、「できれば余り早くお世話になりたくないです。」と応じた。
最後の寺の納経所の人はあまりお坊さんらしくない言い方をする人で、4寺4様の納経所だった。

そして長いロードの移動が始まった。
前にブログで紹介した「だいたい四国88か所」の著者は、最も退屈な町歩きの区間の様な言い方をしていたが、私は取り留めのない事を考えながら歩く。
朝飯が昨日スーパーで買ったおにぎり1個だけでそれも朝5時に食べたので、昼飯は満足に食べたい。
昨日からずっと雨続きで暖かいラーメンが恋しい。
ということでラーメン屋を探し歩く。
ファミレス、コンビニ、スーパーなどは出てくるがラーメン屋は出てこない。
徐々に寂しい町景色になり、ラーメンにこだわり過ぎたことを失敗したと後悔し始めた時ラーメン屋が出現した。

3日前の午後にはスマホで付近のコンビニの有無を確認し唯一のコンビニだと思って夕食の買い物したら、その後幾つもコンビニやスーパーが現われた。
人生も似たようなもの。
この先まだ良いことがあると決断を先送りすればだんだん尻すぼみになったり、この辺が潮時と決断すれば先に更に良いものに出会い前の決断を後悔したりする。

まるで自分の小さな決断をからかわれているのではないかと感じるのが、道路の右側を歩くか左側を歩くか選択した時だ。
一番腹立たしいのは、歩いている側道の幅が狭くて自分のすぐ横を車が通り過ぎるのが気分が良くない時に反対側に幅広い歩道があり、車の通過が少ないことを見計らいやっと反対側に渡ると間も無く、今度は渡った側の幅広の歩道がなくなり、反対側に幅広の歩道が現われたりすること。
一体、誰の意地悪なのかと思う。

今日は雨降りの中、昨日から靴の中が濡れたままで歩いているため足の裏がふやけた様に感じ着地の衝撃で足裏の皮が切れたりしないように普段より気をつけて歩いていた。
すると車道側より歩道側が一段高くなった段差のある道が現われた。
歩道側が高くなった道は、 各家の門前では車の出入りのために道路側と同じ高さになる。
結果、家が建ち並ぶ道では歩道が波打った様な道になる。
こんな道をふやけた足で歩くと足裏に衝撃がかかり足の皮が負けそうだ。
車の通行が少ない時を見計らって反対側の歩道と車道の段差がない方に移動した。
すると何ということか!
間も無く移動した側の方に波打つ段差歩道が現われ、反対側の歩道は段差がなくなった。
一体誰がこんな歩道にしたのだ!
歩道と車道の段差は必要なのか?
今迄、車椅子の人の立場を余り考える事もなかったが、こんな歩道では車椅子では絶対通れない。
車道と歩道を区別したければ段差を作らなくても、縁石だけ設置すれば良いことだ。
現にそんな歩道も一杯ある。
だいたい右に左にと歩道を変更させているのは何の意味があるのだ?
今日は道路行政に対する憤りを感じながらの長いロードの一日となった。


奥之院の軒下に雨宿りテント。
お大師さんのお導きに感謝


雨に煙る香園寺奥之院
(というか、カメラ撮影が下手)


奥之院の先にあった小松大谷池農村公園。
ここを含め奥之院よりも雨濡れを防げる東屋が2か所あった。


下り道から西条市を眺望


香園寺の本堂・大師堂が入る大聖堂


香園寺大聖堂の内部(本堂)


宝寿寺納経所の受付は8時だが5分前に開いた


独特の寺構えの前神寺


昼飯にありついたラーメン屋。
この後ラーメンは沢山現われた


私が行くのは狭い側道。
反対側は段差が波打つ歩道!


町中にあった平行感覚を失う喫茶店

05時50分 奥之院を出発
06時45分 香園寺に着
07時45分 宝寿寺に着
08時25分 吉祥寺に着
09時25分 前神寺に着
17時00分 四国中央市内の旅館に着

歩行時間 9時間00分
歩行距離 41km

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6月4日(土) 27日目 59番国分寺~60番横峰寺

天気 曇りのち雨

仙遊寺宿坊に宿泊した翌朝、朝食前に朝のお勤めがあった。
お勤めが30分、住職の講話が30分で7時からの朝食に合わせている。
住職の講話と言っても堅苦しい話は抜きの住職の体験談が中心。
自身の実家は貧乏で奥様は裕福な家庭だったのによく結婚できたこと。
約一年前に奥様を癌で亡くしたこと。
亡くして改めて奥様に感謝一杯なこと。
自分が節約家なこと。
育てていた弟子に最近逃げられたこと。
お金をかけ育てたのに礼も無く去られ口惜しかったこと。
「許し」と「慈悲」の心が大切なこと。
この許しと慈悲が特に印象に残った。
弟子の話を口惜しそうに話ながら、この2つの心を自らに言い聞かせているように感じた。
また奥様を亡くした痛手も強く伝わり、何故、慈しみだけでなく悲しみも加えた慈悲なのかを自らの心と対話しているような雰囲気で、説教坊主とは異なり心に沁みて考えさられた。

仙遊寺を出発し国分寺を打ち終えた後の横峰寺までが長かった。
覚悟はしていたが昼から雨が降り出して一層長く感じた。
松山自動車道の高架下を通り抜けた後は驚いたことに自動車道2時間、山道1時間の合計3時間、車一台、人一人全く出会わなかった。

最初は小雨から徐々に雨は強さを増した。
そして何と、靴中がまた濡れだした。
先日は土砂降りだったから仕方ないと思っていたが、これは変だ。
色々考えながら歩き、真犯人と思われるモノを考えついた。
中敷(インソール)が怪しい。
しかしまだ確認が必要なため旅行後に解明することになりそう。

横峰寺への道中で唯一出会った架線工事のおじさんは、横峰寺へ行くのは無理ではないかと心配してくれたが、ギリギリ間に合い何とか納経を終えた。
しかし納経後は下山しないといけない。
道の駅方面に下山するつもりだったが、雨と夕暮による見通し不良で道がわからず、香園寺奥之院方面に進む。
しかし道の駅に行っても雨の中屋根の下にテントが張れるか自信がなかったが、奥之院に下りた結果は屋根の下にテント設営場所を確保できて、むしろ幸いだった。
これもお大師様のお導きなのかもしれない。
朝に仙遊寺でお勤めをして一歩だけ仏様の世界に近づけたかも?


朝のお勤めの様子
奥に見えるご本尊様は国宝級とのこと
(中央に奥様の遺影)


朝食の精進料理
(亡き奥様の意向で卵だけ特別)


仙遊寺から眺める朝の今治市内


最初に打った国分寺の本堂


道中で見た派手な黄色い葉の植物


道中で見た水のない川に架かる大きな橋


高速下を通過後、車にも人にも出会わず


美味しい水場の水を補給しイザ山道へ


山道のスタート


険しい登り坂が続く


やっとたどり着いた雨の横峰寺山門


横峰寺打ち終え後は香園寺奥之院へ


香園寺奥之院に無事到着

07時30分 仙遊寺宿坊を出発
09時05分 59番国分寺に着
16時40分 60番横峰寺に着
19時00分 香園寺奥之院に着(野宿)

歩行時間 10時間30分
歩行距離 47km

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6月3日(金) 26日目 54番延命寺~58番仙遊寺

天気 晴

昨日と同じような天気だが、昨日より気温が高く風が弱いため発汗量が多い。
今日は国道196号をひたすら進み最初の延命寺を目指す。
遍路道マップでは途中で何回か旧道への出入りを繰り返すのだが、迷わず分かりやすい方法で進む道を選んだ。

途中では今治市菊間町の瓦産業の会社が立ち並ぶ地帯を通る。
自分は青森に住むため瓦とは無縁。
青森は豪雪地帯のため屋根に積もった雪をどう処理するかが大きな課題で、我が家は屋根を平らにして積もった雪を屋根にそのまま放置する無落雪型屋根だが、他にも切妻型の無落雪屋根がある一方、切妻型で屋根雪を随時落雪させるタイプもある。
最近心配しているのは、屋根の上に大量の雪を乗せたままの状態で大地震が来たら家は大丈夫かという問題。
西日本では台風被害を防ぐため瓦屋根を多く見かけるが、先日の熊本地震で瓦屋根の家が多く倒壊しているテレビ映像を見ると、改めて自然災害に対応した家造りの難しさを感じさせられた。

その後、太陽石油の大きな工場前を丁度出勤と重なる時間帯に通ると、社員の多くの人々が挨拶をして行く。
ほんの僅かな一期一会。

今日は割と平坦な道が続き歩行ペースが快調で時間に余裕があるため、星の浦海浜公園を通った時に大休憩して、ブログの入力作業をした。
(星の浦海浜公園は落ち着く良い場所)
80分ほど作業したが終わることができず時間が気になってきたため出発。

星の浦海浜公園を出発後間も無く「歩道終り」という表示が現れ進み方に悩んでいたら、バイク女性が道脇にバイクを停車させ道のアドバイスをしてくれた。
これも一期一会のお接待。

無事最初の寺延命寺に着き納経を終え、次の寺南光坊に向かう。
今朝の朝食が軽めだったため昼食エネルギーが欲しくなり、途中で現われたドラッグストアで買い物し、本日二度目の大休止。
昼食を食べながらブログの続き入力作業をする。
時間を気にしながら入力、後少しで終わると思いつつ作業したら70分経過してしまい、流石に遅れが大きく次に急いで出発する。

南光坊に着いて参拝を済ませ納経所に向かうと、若者5人の集団が納経帳を抱え列を作って順番待ちしていた。
最後尾に並び時間を気にしていると、納経所の人は若者達に「若いのに集団でお遍路をするのは珍しいしとても有難いことだ」と一人一人と話をしながら丁寧に対応していた。
やっと自分の番が来て納経帳を差し出すと、私にも話かけてきた。
「どこから」
「青森から」
「青森県は弘前?八戸?」
「いえ、青森市」
「青森には鶴岡という町もあったよね」
「いえ、鶴田という町です」
「あ、そうか」
と言いながら光るおデコに手をあてた。
鶴田町は「ツル多はげます会」という団体がハゲ頭に吸盤をつけて綱引きするイベントで有名な町。
納経所の人は一人一人と会話しながら一期一会を大事にしていることを身体で表現した。
私の焦る気持ちを和ませてくれて、こんなに丁寧な納経所は初めてだった。

今日の宿泊場所は最後の寺仙遊寺の宿坊なので、万が一納経所の受付時間に間に合わなくても翌朝受付してもらえば良い。
南光坊と泰山寺を打ち終え、次の栄福寺に向かう途中、車の往来の激しい道路に出くわした。
横断歩道に立ち車の往来が途切れるのを待ったがなかなか途切れない。
諦めて立ち続けていると右側から来る車が横断歩道の手前で止まり、それに呼応して左手から来る車も止まった。
右側の女性運転の車と左側の男性運転の車に頭を下げて道を渡った。
これも一つの一期一会。

間に合わなくても良いと思いつつ頑張って歩き、4番目の栄福寺を打ち終え5番目の仙遊寺に到着したのは16時45分。
納経所の受付時間に無事間に合うことができた。


野宿地浅海海岸の朝


JR予讃線と並行する国道196号を行く


瓦の会社が立ち並ぶ菊間町を行く


太陽石油の工場前を行く


大休止した星の浦海浜公園


暖かく対応してくれた南光坊納経所


今治駅を通り泰山寺に向かう


栄福寺に向かう途中で見た家。
家の角を削って石碑と祠を置いていた


仙遊寺への登り道から今治市内を望む


仙遊寺の本堂


仙遊寺宿坊の精進夕食

06時30分 浅海の海岸を出発
09時10分 星の浦海浜公園で休憩(80分)
11時45分 延命寺に着
12時45分 ドラッグストアで休憩(70分)
14時15分 南光坊に着
15時05分 泰山寺に着
15時55分 栄福寺に着
16時45分 仙遊寺に着(宿泊)

歩行時間 7時間00分
歩行距離 35km

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6月2日(木) 25日目 52番太山寺~53番円明寺

天気 晴

今日の天気は快晴。
日差しは強かったが風が吹いて心地良い感じがした。
昨日スマホが何とか復活したおかげで今日は昨日行くのを止めた松山城に寄ってみる。
松山城の石垣は規模が大きく配置がきれいな曲線で美しく素晴らしかった。

太山寺は松山市内にある。
太山寺への道はそれほど起伏がない道を進む。
太山寺の最初の門に到着してから長い。
山門をくぐった後に登り道が続き、しかも一旦民家もある公道?を通る。
道を間違えたかと不安になったが、そのまま進むと太山寺が現われた。
太山寺の本堂は国宝!
長い年月を経た堂々とした本堂だ。

太山寺を打ち終え次の円明寺に向かう途中の公民館で昼食のお接待を提供していて、世話役の男性に呼び止められた。
丁度昼時で、ありがたく頂戴した。

世話役男性の話によると、月に一度ここでお接待を行なっているとのことで、とても運が良い時に通りかかった。
今月は昨日と今日の2日お接待をしており昨日は4人しか提供出来なかったが今日は昼の時点で13人。
その日によってお遍路さんの通る人数は相当バラツキがあるようだ。
世話役男性の話では、四国全域で年間約5000人の歩きお遍路さんがいるのではないかとのこと。
私が前に本で読んだ時の1000人とは大きな開きがある。

私より少し先に到着し昼食のお接待を受けている男性とも話をしたが、男性が歩き遍路を始めた時、偶然出会ったお遍路仲間20人で一緒にスタートした。
しかし徐々に足の具合の悪い人がリタイアしていき最後は3人になったという。
歩き遍路の数は様々な状況で大きく変化し、実態を把握するのは難しいようだ。

歩きお遍路の男性は私より5歳年長。
男性は歩き遍路の人がリタイアする原因として、雨対策の不備が大きいという話もした。
普段履いている靴をお遍路に使い大きいマメを作ってリタイアした人もいて、やはり良い靴を履いていれば雨の時でも全く濡れなかったしマメも全く出来ていないと話していた。
私の靴とは随分違うと思った。
私の靴もそこそこ値段は高いが、更に値段の高い靴はもっと性能が良いのだろうか?
その後その男性とは暫く同道し、53番円明寺を打ち、男性の宿泊地の北条付近まで一緒した後、私は更に先に進んだ。

今日の野宿地は今治市浅海の海岸。
最近寝床に敷く空気マットが少しヘタってきて寝る前にためた空気が朝起きる段階では約3分の2位に減少している。
全ての物は必ず劣化する。
寝床で、昼食のお接待を一緒に頂いた男性の防水靴の事を思い出した。
彼の高価な防水靴と私の少しヘタった防水靴は、例えてみるとコール君と私。
コール君の方は完全無欠で順調な歩きに対して、私の方は道迷いやスマホトラブルにも遭遇しながらやっと歩いている。
でもどちらも歩いているのは同じ。
靴についても、男性の靴は快適に歩ける靴で、私の靴は水濡れに遭遇し不満もありながらも歩けている。
自分の身体も60歳に近づき大分ガタがきているが、まだまだこの身体を有効に活用したいと心に誓った。


立ち寄った松山城の立派な石垣


松山城


松山市内を走る電車に掲示された俳句甲子園のPR文字と「幽霊はコワイけど、おじいちゃんになら会いたいな」


太山寺への遍路道は松山英樹ゴルフセンターを左折する(松山英樹は松山市の出身!)


太山寺の本堂は国宝!


昼食のお接待を頂いた公民館


お接待された皆さんと記念撮影。
大変有難うございました


昼食を一緒にした男性が円明寺で托鉢者にお接待


海岸沿いの道を歩く


高浜虚子俳句脇に昭和天皇お手植えの松


高台から浅海の町並みを見下ろす


本日の寝床浅海海岸

09時15分 ホテルを出発
09時50分 松山城に着
12時10分 52番太山寺に着
13時05分 公民館でお接待昼食(40分)
14時05分 53番円明寺に着
18時10分 浅海の海岸で野宿

歩行時間 7時間20分
歩行距離 34km

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6月1日(水) 24日目 46番浄瑠璃寺~51番石手寺

天気 曇りのち晴

今日の予定は、最初の寺に着くまで距離が長く、その後6つの寺を打ち松山城に少し寄りたいと思っていたため久万公園を早朝に出発した。
久万高原町が標高の高い所にあり今日は下り道で楽できると安易に考えていたが大間違いだった。
標高500mの所にある久万公園から標高720mの三坂峠まで約2時間ずっと緩い上り坂が続く。

今日もまたコール君に出会えた。
コール君は前日、三坂峠の手前にある善根宿に宿泊。私より5kmほど先まで進んでいたが、私の方が朝早く出発していたため、コールが出発する前に追い越していたらしい。

ところでトンコツラーメンが大好きというコール君は天才だった。
コール君は地図を見ないで歩いている。
多分事前に地図を頭の中に入れ、遍路中は頭の中の地図を辿っているようだ。
そんなことができるのか?
でもそうやっているとしか思えない。

今日も遍路道を進む私が、違う方向に進むコール君を発見し道が違うよ、と言ったら大丈夫と答え、その後浄瑠璃寺で出会った時に道のことを尋ねたら、私の歩いた遍路道よりコール君の歩いた道の方がアップダウンの少ない道で距離的にも違いがないから選んだと言う。
初めて日本の四国に来て、見ず知らずの場所を地図も見ずに歩き迷わないとは!信じられない!
コール君とはこの後、次の八坂寺で会った後はコール君のスピードに追いつくことはなかった。

私は47番八坂寺を打ち終えた後、次の寺に向かう途中、11時過ぎにスーパーに入り弁当を買い店先で昼食にした。
そこでトラブルが発生。
多少時間に余裕があったので、昨日まで通信圏外にいて更新出来なかったブログを昼食しながら入力。
またスマホの充電残量が減ってきたので携帯の充電器に差し込んだ。

約1時間位してブログ作業を終え充電器のケーブルを取り外した。
そこでスマホがフリーズした。
操作を一切受け付けず電源ボタンを押しても全く反応しない。
10分ほど色々試してみても全くダメ。
ショックが大きい!
スマホに遍路地図のアプリを入れて、念のために遍路道保存協会発行の地図本も購入後にデジカメ撮影してスマホに保存して、紙の地図は四国全域が1枚に収まった地図しか持っていない!

しかしどうしようもないので、残り4つの寺を何とか打ち終え、松山市内の電気店で相談することにする。
スーパーを出発後10分ほどで、トラブルに動揺してスーパーに金剛杖を忘れたことに気づき引き返したが、3番目の寺西林寺には遍路道マークを辿ることで無事到着。

しかし4番目の浄土寺が大変だった。
西林寺を出た所にある浄土寺への方向を示す石柱標識に従って国道沿いを進んだが、この石柱以外に遍路道マークは現れてこない。
最初は何とかなると思っていたが、浄土寺は道が分かり難い場所にある寺で、結果的に大分遠回りした上に、5人ほどの通行人に道を尋ねてようやく辿り着けた。

これに懲りて5番目と6番目の寺は、慎重に遍路道マークを辿り、多少ハラハラした時もあったが無事到着できた。
コール君と自分の道路感覚の差の大きさを改めて実感すると共に、如何に自分がスマホに頼っていたか思い知らされ、自分だけでは何も出来ないことや、万が一の事態への備えなど大きな教訓になった。

この日最後に打った石手寺は88ある寺の中で最も個性的で最も有名な寺。
本当はじっくり時間をかけたかったがスマホの復活が喫緊の最重要課題。松山城の見学も中止し、先ず今日泊まるホテルを目指す。ホテルへの道もうろ覚えで結構遠回りしたが何とか到着。
ホテルの人に、電気店を探すためこの周辺の地図が欲しいと言うと、周辺地図を手渡してくれた上で、カウンターにパソコンもあるのでそちらも使って探してみたらとアドバイスを貰う。

その手があった!
早速パソコンで店を探す前に、スマホの現在の症状を入力し復活する手段がないか検索。
アイフォーンで電源も反応しない場合は、電源ボタンとホームボタンを同時に長押ししてみる方法が紹介されていて、それを試したら、見事復活!
心の底から安堵した。
今日は様々な教訓を学んだ。
後はそれを忘れずに次に活かすこと!


久万公園の管理棟で用を済ませ出発


田んぼに山並みが綺麗に映える


レストパーク明神前を通過。
この少し先でコールが泊まった所があったらしいが、私は分からなかった


国道から分かれ三坂峠に向かう遍路道


三坂峠。この後結構な下りの急坂が続く


大分下り降りると段々畑が出現


町中まで来て学校が出現。四国には幼稚園と小学校が一緒の所が多い


本日最初の寺、浄瑠璃寺。
コールが写生中。絵も上手かった。


昼食を食べたスーパー。
この後に事件発生!


3番目に着いた西林寺


西林寺前にあったこの石柱に従って国道を進む


多くの人に助けられ着いた浄土寺


最後に着いた石手寺の本堂前のモニュメント?


石手寺の門前にある石像


ホテルの人にもお世話になりました

05時30分 久万公園を出発
09時45分 46番浄瑠璃寺に着
10時20分 47番八坂寺に着
11時20分 スーパーえばらで昼食
(スマホがフリーズするトラブル発生)
13時10分 48番西林寺に着
14時25分 49番浄土寺に着
15時00分 50番繁多寺に着
16時10分 51番石手寺に着
17時15分 松山市内のホテルに着

歩行時間 9時間00分
歩行距離 34km

| 四国遍路旅 | 08:26 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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5月31日(火) 23日目 44番大宝寺~45番岩屋寺

天気 晴

朝にコール君と話をした後、5時40分に私は先に出発した。
今日打つ44番と45番の2つの寺は、遍路中でも難関中の難関の寺。
行程の長さと標高の高さのハードルが重くのしかかる。
しかしそれほど危険がある訳ではないので、地道に一歩づつの気持ちで進めば必ず辿りつく。

コースはひわ田峠コースと農祖峠コースがある。
44番と45番のどちらに先に行くかや、同じコースを往復するか別々のコースを歩くかなどで選択することになる。
自分も悩んだが、コース事情が良く分からないため、ひわ田峠コースで44→45と進む方が納経所の受付時間に遅れる可能性が少ないということで判断した。

ところが出発後間も無く、歩き遍路の人はひわ田峠側で山腹崩壊の危険性があるため農祖峠を歩いて下さいの看板が現れ看板の上に「解除中」の貼紙。
農祖峠を進んだ方が良いかと少し迷ったが結局当初予定通りひわ田峠を選択。
歩いて行くと山腹崩壊の危険除去の工事が行われ誘導員が道案内していた。

その後更に進むと、以前ブログで紹介した道迷いの名所と思われる地点に着く。
しつこいぐらい沢山の標識があり、私としては迷う要素は無いと感じた。
しかし私は、別の場所で道間違えをし、更に下り坂に据えられた濡れた木板に足を滑らせ見事に転んだ。
相変わらずの注意力不足に反省。

登り道がほぼ終了し下り坂に入った所でコール君が私に追いついた。
大宝寺まで約30分ほどのほぼ平坦な道を一緒に歩き、また色々話をした。(と言っても私からコール君への質問が大半で、それらをまとめ整理して前回ブログに載せた。)
大宝寺に着くとコール君は焼香と拝礼をして納経帳に寺のスケッチを始めた。
納経所で朱印を貰うことはしない。
経費節約の一環。

足の速いコール君は先に大宝寺を出発し、私は軽食してから岩屋寺に向かう。
ところが岩屋寺に向かって歩いていたらコール君が後ろからやって来た。
途中で食事してきたとのこと。
10分ほど一緒に歩き登り道に差し掛かると私とコール君のペースが違い、コール君が先に進み私の方はマイペースで進む。
岩屋寺に向かう道は正面の参道を通るメジャーな道と裏側にある山を越えて二箇所の行場を経由して行くマイナーな道があり、私たちはマイナーな道を歩いた。
ピークを越えて下り道に入ると、三十六童子行場や白山行場という見どころのある場所を通過後、ようやく岩屋寺の裏門に着いた。
コール君は寺のスケッチをしていた。
足の速いコール君とはここで別れ、私は久万高原町に向かう途中にある国民宿舎古岩屋荘で温泉に入り夕食を食べてから、本日の寝床となる久万公園へと歩いた。


朝靄の道を大宝寺に向かう


路端の花に陽が差す道を進む


田園の中の道を歩いて行く


全面通行止の上に解除中の張り紙


山腹崩落の危険除去工事中


標高約800mにあるひわ田峠


この濡れた木板に足を滑らした


44番札所大宝寺に到着


久万地方は古くからスギの名産地


久万高原を通過し岩屋寺に向かう


八丁坂を経由して岩屋寺に向かう。
写真右手には地元の人がこの道こそ本来の道との意気込みで建てた石碑


白山行場(鍵を借りて聳え立つ2つの岩の間を登ることができる)


背後に大岩が迫る45番札所岩屋寺


岩屋寺前の参道の出店


国民宿舎古岩屋荘で温泉に入り夕食を食べた


久万公園(本日の寝床)

05時40分 上田渡を出発
10時10分 44番大宝寺に着
13時35分 45番岩屋寺に着
15時00分 古岩屋荘に着
18時35分 久万公園に着

歩行時間 9時間30分
歩行距離 40km

| 四国遍路旅 | 05:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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5月31日(火) コール君の話

朝5時頃に私はテントを抜け出た。
周囲を見渡してビックリ!
私のテントから2mほど離れた店先の床上に寝袋をかぶり人が寝ていた。
私がテントの収納をほぼ終える頃、その人は寝袋から起き上がってきた。
朝の挨拶を交わし、昨夜は寒くなかったか尋ねると、少し寒かったけれど大丈夫と答えた。

日本語を話すが、日本人ではない。
名前はコール。
出身はニュージーランド。
年齢は18歳。
二度目のビックリ!
昨日は何処を出発したのか聞くと、43番明石寺を出発したが、ここまで来るのに疲れて、テントを張るのを止めてそのまま寝てしまったと言う。
明石寺からここまでだと私が歩いた距離の約1.5倍!

更に色々尋ねると、
現在高校を卒業し大学に入学するまでの休暇期間を利用し日本には3月に来た。
遍路で88箇所全部の寺を、全て野宿で回る予定。
野宿で寺を回るのは所持金が少ないので節約するため。
66番雲辺寺には、自分の誕生日が6月6日なので6月6日に到着したいという目標がある。
昨日頑張って歩いたのは目標に近づくため。
目標をクリアできたら後はのんびりと歩きたい。
お遍路を全て終えたら、福岡の友人と一緒に福岡で行われるラグビーの試合を観る予定で、福岡まではヒッチハイクで行きたい。(無事ヒッチハイクで行けると思うか聞かれた。)
その後はヨーロッパに行き、旅を続ける予定。

ビックリ!の連続で、私はただ質問を繰り返し、以上の様な内容を聞き出した。
先日出会った台湾人女性の日本語力が9割だとすると彼の日本語力は7割程度。
大筋の話は理解できるが、適切な単語が出てこない場合がままある。
それでも18歳で独学で日本語を身に付けたと聞くと、やはり凄い。
話し振りもしっかりとした受け答えで、頭の良さと共に、一人で生きていくだけの力も身に付けていると感じた。

両親とは連絡を取り合っているのか尋ねると、メールでやり取りしているらしい。
ただ全て野宿の遍路なので、私の様に数日おきに宿でスマホや予備バッテリーを充電できる訳ではない。
通夜堂(寺に併設され野宿が許されている寺も一部にある)に泊った時に運が良ければ電源から充電している。
しかし通夜堂にも宿泊しているとは!
一体どれだけ日本のお遍路事情を事前に情報収集して来日したのだろう!
彼からは通夜堂という言葉しか聞けなかったが、多分無料善根宿も知っていて、一部の善根宿は風呂や洗濯もできるので、そこで何とかしていると推測した。
汚ならしい?印象はなかった。

私は、コールが発した問い「福岡まで無事にヒッチハイクで行けるか?」に対し、ヒッチハイク経験皆無のため「運が良ければ行けるのではないか」という消極的返事しか返すことができなかった。しかしその後「でも、君の日本を好きな気持ちはその菅笠と金剛杖で良く伝わると思うから、きっと大丈夫!グッドラック!」と言葉を継いだ。
本当は、彼の生きる力強さを持ってすればどんな困難もきっと乗り越えられる、と伝えたかった。
教えられたのは私の方だ。
彼の持つ逞しい勇気という力を。


野宿で一夜を明かした朝のコール


44番大宝寺で参拝するコール

| 四国遍路旅 | 11:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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5月30日(月) 22日目 44番大宝寺への移動日

天気 曇のち晴

明け方の空は雨の降りそうな曇り空だったが9時頃から青空になり気温も一気に上昇。
その後は終日晴れて暑い一日になる。
昨日まで曇りや雨が続き気温もさほど高くなかったため、急な天候の変化に身体が追いつかない。
今日は汗が止まらない一日になった。

明日予定している大宝寺と岩屋寺は久万高原の山奥にある寺で、今日は寺への道の途中で野宿。

宿を出発後間もなくすると、十夜ヶ橋と言う場所に着く。
「ゆきなやむ 浮世の人を渡さずば 一夜も十夜の橋とおもほゆ」
弘法大師・空海がこの橋の下で一夜野宿した時に、生きることに悩む人を救いたいと十夜思い続けたように感じたことを歌にしたと言われている。
四国お遍路さんの聖地のような場所。
他の人のブログを読むと、実際に橋の下で野宿する人もいるようだ。
私は記念撮影だけして次に向かう。

しばらく歩くと内子という町に着く。
古い言い回しだが「ハイカラ」な町という表現が似合うような場所。
古い建物と新しい建物が違和感なく一体化して、郷愁を感じつつ新鮮さも感じさせてくれる。
道の駅にも寄ったが、ここもこんな道の駅は見たことがないと思わせられる。
しばらくのんびりしていたい場所だったが、先を急がないと闇夜の山の中を歩くハメになる。

小田川から田渡川に沿った道をずっと歩き続け、目的地の山の中の休憩所・上田渡には17時に到着。
トイレと水のある産地直売所前のスペースをお借りしてテントで野宿。誰もおらず今日も私一人で野宿。

一昨日と昨日は久々に道中で5人ほどのお遍路さんとすれ違ったが、今日はまた道中で出会ったお遍路さんは1人だけ。
ところが私が寝袋に入った夜8時頃、もうひとり野宿者がやって来た。
テントの外では、しばらくガサゴソと音がしていたが、何をしているのかは分からない。そのうち私は眠りに就いた。
(明日に続く)


宿を出て橋を渡ると見えた大洲城


十夜ヶ橋のお堂


現在の十夜ヶ橋


内子座という芝居小屋


銀行も景観に合った造り


道の駅内子の木立ちの中の喫茶コーナー


トイレもオシャレ


山の中の川沿い道を歩く


上田渡の直売所前にテント設営

08時00分 旅館を出発
11時00分 内子町で買い物・食事
17時00分 上田渡の休憩所に着

歩行時間 7時間40分
歩行距離 37km

| 四国遍路旅 | 07:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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